Juhyun Ahn, Patent attorney(LEE & MOCK IP)
FTO(Freedom To Operate)分析の究極の目的は、核心特許を見出すことにある。侵害リスクを孕む核心特許を見落としてしまえば、いかに精緻な侵害検討を行おうとも、FTO分析は失敗に終わらざるを得ない。多くの人は、FTO分析が難航する要因を検索技術の限界や膨大な特許文献を精査する負担に求めがちである。確かにそれらも重要な要因ではあるが、実務を長く重ねるにつれ、より根本的な問題が存在することに気づかされる。核心特許を見出せない理由は、単なる検索技術の不足だけにとどまらないということだ。
むしろ、分析者自身が抱く技術的観点こそが、核心特許の発見を阻害しているケースが少なくない。分析は技術に対する理解から出発する。分析者は調査対象を定義し、関連する検索キーワードを導き出す。近年では検索式の代わりに検索プロンプトを活用する事例も増えているが、その手法がいかなるものであれ、検索は結局のところ分析者が把握している技術概念に基づいて行われる。
問題はまさにここにある。分析者は自らが理解する枠組みの中で技術を捉える。そして検索式や検索プロンプトもまた、その理解を土台として構築される。したがって、検索は完全に客観的なプロセスとはなり得ず、分析者が技術を捉える視点の影響を必然的に受けることになる。
実際の製品はひとつの実物として存在する。しかし特許は、その実物そのものを直接扱うのではない。特許とは、実物の特定の側面を言葉によって表現したものにすぎない。ゆえに、同一の実物を対象としていても、特許が異なればそれを説明する切り口も自ずと異なってくる。
この問題は、単なる類語や同義語の違いにとどまらない。特許文献を精査していると、予期せぬ技術用語や概念に遭遇することが少なくない。ここで肝要なのは、新たな検索キーワードを得ることそのものではない。その過程を通じて、同一の実物を説明する「もうひとつの観点」が存在するという事実に気づくことである。
実務上、この点は極めて重い意味を持つ。検索キーワードの漏れであれば、追加の精査によって補うことができる。これに対し、観点の欠落は検索キーワードそのものの脱落を招く。分析者が特定の観点のみで技術を理解している場合、別の観点から作成された特許は、検索の初期段階から排除されてしまいかねないからだ。
観点の欠落は自覚しにくいため、より深刻なリスクとなる。キーワードの漏れは検索結果を精査する過程で比較的容易に顕在化するが、観点の欠落は「何を検索していないのか」すら分からなくさせてしまう。分析者自身は十全な検索を行ったと考えていても、実際には自らが前提としている観点の枠内でのみ技術を探索しているにすぎない場合がある。
当初は単なる用語の違いに見えるかもしれない。しかし時間を経るにつれ、それが技術を捉える観点の差異と結びついていることに気づくはずだ。特許文献の精査とは、単に検索結果を確認する作業ではない。それは、分析者が技術を理解するアプローチを絶えず修正し、拡張していくプロセスでもある。
FTO分析は、単なる特許検索の作業ではない。核心特許を見出すための探索の旅であり、同時に分析者自身の視点を絶えず見直し、広げていく営為でもある。分析者が見出すべきものは特許にとどまらず、自らが捉えきれていなかった技術的観点の存在そのものも見出さなければならない。
この点は、当該技術分野に対する理解が深ければ深いほど、かえって見落とされやすい。分析者は技術を十分に理解していると確信するほど、特定の観点を無意識のうちに自明のものとして前提にしてしまう。しかし、技術への深い理解と、その技術を説明し得るあらゆる観点を網羅していることとは同義ではない。時に強固な理解そのものが、別の視点の存在を覆い隠してしまうこともある。
FTO分析において最も危険な見落としとは、検索キーワードの漏れではなく、分析者が自覚していない観点の欠落かもしれない。分析者は客観的に技術そのものを検索しているつもりであっても、実際に検索しているのは特定の観点を通じて解釈された技術にすぎない可能性がある。核心特許は往々にして、未知の技術の中ではなく、「すでに理解した」と思い込んでいる技術を見つめ直す別の観点の中にこそ潜んでいるのである。
出所:法律新聞(https://www.lawtimes.co.kr/news/articleView.html?idxno=223151)